佐藤正明 絵画と心



 花と実 「夏」

このページのコンテンツには、Adobe Flash Player の最新バージョンが必要です。

Adobe Flash Player を取得



 心の言葉

あの日とこの日

2003年8月8日の日記

花菖蒲

 1945年夏。あの日、私は帝国海軍厚木航空基地の地下深い防空壕の中にいた。それは何百メートルもある 主要通路が背骨なら、肋骨に当る何本もの横穴が接続された地下住居だった。その両側にはベッドがあって、それが空襲時には中隊ごとの寝室になっていた。少 年兵だった私は外に出ようとして主要通路の掲示板前を通ったとき、一枚の新聞の前に数人の人だかりを見た。

 近寄って見たら、「新型爆弾広島に落 下」という見出しで、原子爆弾の記事だった。きのこ雲の写真もあった。当時軍隊はほとんど情報管制下にあったので、それは異例に近い情報伝達であり、私は この時初めて原爆の出現を知ったのだった。しかし、航空基地から生家に復員して世の中の情報をもっとよく知るまでは、私はまだ広島の惨劇がどれほどだった かを知らなかった。あの日、掲示板に張り出された新聞は、恐らく翌日のものではなかったかと思う。

 あれからすでに58年。2003年8月6日のこの日、新聞には原爆被災者の悲惨な体験談がいくつも載っており、「戦争はいけない」、「核廃絶との取り組み」などの声や識者の意見があった。私はつぶさに読んでみた。そして思った。

  「果たせるかな原爆は『悪魔の贈り物』だった。人類はそのためにどれほど使わなくてもよかった費用と心労と駆け引きとエネルギーの消費を強いられ、今も未 解決の不安の中に置かれていることか。この悪魔の贈り物を手放し、二度と死者や被爆者を出さないためには、もちろん惨禍を語り伝え、核廃絶を国際的に訴え る運動等が必要だと思う。しかし、どうもそれだけでは足りない。ある根本的な解決策が欠けているのではないか」と。

 では、それは何か?核兵器使用を命じた者の国際社会における断罪である。
例 えば、今シエラレオネでは、国連主導の戦争犯罪国際法廷で、9年のシエラレオネ内戦中に犯された人道に反する罪が裁かれている。この内戦の死者は約20万 人と言われるが、正確には誰も知らない。そして、生き残っても手足を切られ、目を潰され、レイプで子を産まされた被害者が無数にいる。それらの残虐行為の 最高責任者として訴追されていた元RUF(反政府の革命統一戦線)議長F・サンコーは、今年の7月30日、判決を待たずに衰弱死した。しかし、他の者は法 廷に立たされている。

 この裁判で興味深いのは、国連任命の検事総長が、政府側の国防大臣で親政府側民兵の頭領でもあったヒンガ・ノーマンをも、 民兵の残虐行為の責任者として拘束・訴追し、隣国のチャールス・テーラー大統領をすら、シエラレオネ内戦の黒幕として残虐行為に責任ありとし、法廷に喚問 していることである。非常に公平であり、勝者の裁判であったかつての東京裁判とは全く違う。

 人道に反する諸々の罪や大量虐殺 (genocide)を犯した者たちは、多くが裁かれ処罰を受けた。ヒトラーもアイヒマンもルーマニアのチャウセスクも、ユーゴのミロセビッチも、シエラ レオネのF.サンコーも、太平洋戦争を始めた東条英機他日本の責任者達も。しかし、彼らと同じような行為をしても裁かれず、罰も受けなかった指導者がい る。広島と長崎に原爆投下を許可した、米国の故ハリー・トルーマン大統領だ。

 私の記憶には多少間違いがあるかも知れないが、あの日、広島では約20万人、長崎では約9万人が一瞬にして命を断たれた。これはシエラレオネ内戦の全死者を上回る。そして、犠牲者のほとんどは民間人であった。

  シエラレオネでは鉈や斧で手足を切り、燃えるプラスチックで目を焼き潰したから残虐で、約30万人の命を奪っても原爆は一瞬だったから残虐ではないという 理屈は通るまい。焼け爛れた皮膚をぶら下げながら生死の境をさまよった人々、今もケロイドが痛む人たちを思えば、鉈や斧で手足を切ったのと同じ残酷さであ る。

 シエラレオネでは直接に残虐行為をした者よりも、そのトップが責任を問われて裁かれている。ヒトラーも同じで、彼自身がアウシュビッツでユ ダヤ人をガス室に入れ、人間の油で石鹸を作ったのではない。しかし、彼はその非人道的行為の責めを負わされている。広島・長崎の原爆は明らかに人道に反す る大量殺戮であった。では、なぜ誰もトルーマンを裁かないのか?

 原爆投下を許可した者は未だ彼以外にはいない。たとえ故人ではあっても、今から でも彼を人道に反した大量殺戮の責任者として断罪すれば、原爆を使った場合、人はどういう裁きを覚悟しなければならないかはっきりするだろう。そして、使 えないなら所持していても意味がない、ということにもなっていくと思う。

 使用だけでなく、持っていること自体が、そういう罪悪の潜在的犯意の証 拠として断罪されるならば、核兵器放棄を迫られるのは金正日だけではなくなる。自分達は有り余るほど持っているのに、後発参入者には所持を許さない核兵器 大国の指導者たちは、全員同類であることが明らかになるからだ。彼らの国際的責任が厳しく問われない限り、核廃絶をいくら叫んでも彼らには馬の耳に念仏だ ろうが、故トルーマン大統領の断罪は、核兵器廃絶を前進させるてこになりうる。それは正義と公正の面から不可欠であり、一罰百戒としても有効だと思う。

  多分、核兵器使用を命じた者の断罪という考えはタブーなのかも知れない。2000年のある日、小さなグループで私がこの意見を言ったら、みんな当惑した様 子だった。しかし、私は言うべきことは言うべきだと思う。とくに今後はアメリカ人にはこれを問はなくてはならないと思う。

 私はアメリカが好きだ し、アメリカ人の友人も多い。しかし、多くのアメリカ人、特に政府は、今でも広島・長崎への原爆投下は正しかったと言い張っている。彼らは自分達のしたこ とを正視せず、他者の悪事ばかりを非難する身勝手なところがある。原爆でも同様だ。私はアメリカがいつか、正式にその投下の罪悪を正視して謝罪し、トルー マン大統領を、人道に反した大量殺戮者だったとして宣言できるなら、その時こそこの国を本当に偉大だと尊敬しよう。

 だが、彼らは今はまだそうではない。聖書に「兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気付かないのか」(マタイ7:3)という言葉があるが、これが当てはまる。自分達はいつも善いと信じている「善魔」は、時として悪魔よりも困りものだ。


スイートピー

2005年5月6日の日記

 近所に草花の好きな家があって、今年はそこの玄関わきに、プランター植えのスイートピーが見事に咲いている。色も赤、白、ピンク、紫と多彩だ。通りすがりに眺めさせてもらうのも楽しい。

 かなり前だが、私も庭に咲かせた年がある。ところが、それを見た玉川学園中学部労作担当のM先生が、「スイートピーは自分じゃ立てない花なんだよな」と言った。棒を立ててやらないとだめだ、と言っただけなのかも知れないが、それが私には少し蔑む感じの、まるで自立できない、人間頼みの情けない草花なんだよと聞こえた。何だかけちがついた気分になり、他方では彼の言葉に幾らか影響されて偏見を持った私は、以後スイートピーを庭に植えなくなったのだった。

 そんな花なのにスケッチしたのは、3年前、花屋さんでつい気が向いて買ってしまったからだ。どの草木もそうであるように、描いてみるとこの花にもそれなりのユニークさがあった。だが、面白いと思ったのはむしろ葉と蔓だった。葉はおたまじゃくしのような形で必ず2枚が対になり、その間から蔓が出る。ところが、その蔓はなぜか必ず3つに割れた触手になる。そして、棒だろうと他の植物だろうと自分の茎や葉だろうと、近くにある物なら何にでも絡みつく。DNAのなせる業なんだなぁと思わせる特徴があったのだ。

 かつての同僚はこの性質を指摘したのだが、考えてみれば、自力で立てなくても何かによって立ち上がるのであれば、それも一つの自立には違いない。そういう草花はスイートピーだけではなく、サヤエンドウ、グリーンピース、蔦、クレマチスなども同様だ。しかし、他のものを頼るもからと言って、それが弱いとは必ずしも言えない。弱いと思うのは人間の偏見で、自力で立つかどうかは生き残り戦略の違いであり、頼って立つのも一つの自立の仕方なのだ。

 こんなことを考えていたら、偶然にも今日、Tさんがスイートピーの花をくれた。5月1日は過ぎてしまったが、フランス流にスズランの花を三本妻に届けさせたお返しだった。その何とも言えないやわらかなピンクの花を見ていたら、自力で立ち上がれなくても、こんな花を咲かせられるのだから、それだけでもりっぱな存在理由がある、と納得した。そして、自力では生きられない知的障害者のことをそこから連想した。

 人間の世界に目を転じると、そこには自力で生きることができる人と、他者に頼らなければ生きられない人がいる。子ども、老人、病人、障害者、貧しい人などだ。私は社会福祉法人地の星で知的障害者といささか関わっているから思うのだが、彼らは最も他者の助けを必要とする人たちではある。しかし、草木とは違い、人は健常者も障害者も、人間として共に生きてゆける。そこに人間らしさがあるように思うのだ。

 ところが、世の中にはそれを否定する人もいる。ずいぶん前だが、あるテレビ討論で学者のY氏は、人類をより優秀にするためには障害者を生まれる前に始末すべきだという論陣を張った。優生学的悪臭がぷんぷんする主張だった。すると、発言を求められた一人の言語不自由な身障者が抗議して言った。「僕はどんなに惨めな体でも生きてみたい。生まれる前に殺されるなんて絶対いやだ」と。それは学者の偽善的主張を木っ端微塵に砕く強烈な反論だった。そうだ、偏見の目を洗え!と私も同感だった。

 今は思う。自力で立てなくても、スイートピーには愛らしいだけで存在理由があるとすれば、ましてや自立できない障害者にはそれ以上の存在理由があるはずだ、と。人の目にはどうであれ、彼らも神様の前では美しい魂の花に他ならないからだ。スイートピーはそんなことを考えさせてくれる。



ドクダミ


2005年6月15日の日記

 嫌われてもめげない草にドクダミがある。その吐き気を誘うような臭いを嫌わない人は稀だろう子供の頃よく山羊を野原に連れ出したが、あらゆる草を食べるこの家畜もドクダミだけは避けていた。「動物にまで嫌われている」と思ったものだ。しかしその半面、寂しげな花には清楚な雰囲気があり、薬草としては人間に役立っている。煎じて飲めば高血圧の薬となり、乾燥して生薬にすれば消炎や利尿の効能があるそうだ。

草丈は30センチぐらいにはなる。茎一本には花が1輪か2輪しかつかない、と言いたいところだが、厳密には、白い4枚の花びらのように見えるのは苞だ。花びらではない。ここにも一つの特徴がある。本当の花は苞の中央に立っている淡黄緑の弾丸状の部分にある。その表面をくるむ多数の小さい粒々が花なのだ。

特徴はまだある。ドクダミは、花は咲かせても種子によってではなく、むしろ根によって繁殖する。どちらかというと日陰の場所を好み、時には林の中などで群生することもある。わが家の庭隅にも侵入して来ているが、根が土中を潜行して増えるので、地表の茎だけを引き抜いても根絶は難しい。それに、「花」は可憐なのに、匂いで嫌われるこの草を見ると、私はついつい目こぼししてしまうのだ。人間社会にもしばしばいる、それに似たような人たちと重なって見えてしまうからだ。

ある人たちが嫌われたり虐められたりするのは、それ相応の理由があるからだろう。だが、その理由は当然の場合も不当な場合もある。例えば、それが醜い容姿、口下手、付き合いの不器用さ、気の弱さ、不運な家庭事情、身体的障害などのせいだったら、本当はそういう仕打ちには何ら値しない。不当な場合に当たる。それなのに、虐め、毛嫌い、爪弾き等が起こるならば、それはそれを起こす人の偏見や未熟な人間理解による。ちなみに、子どもたちの間で虐めが多いのもそのためだと言えよう。

私が中学1年生の担任をしていたとき、ある事件が起こった。ある日、実習生がお別れ会に差し入れた飴を、日直の女の子が配っていた。ところが、ある男子生徒が自分の番になったとき、「ウッエー、うっつるー!」と叫んだのだ。彼女は手に白斑があったからだ。一番気にしていたことを大声で言われて、女の子は泣き出した。私は立ち上がり、彼に「謝りなさい!」と言った。しかし、彼は口を尖らして黙していた。怒りがこみあげた私は、いきなりビンタを5発くらわしてしまった。彼は吹っ飛んだ。今だったら暴力教師として、私は免職か停職処分を受けたに違いない。男の子は大物代議士の息子だった。だが、夫人は「よくやってくださいました」とむしろ私に礼を言った。私はその時の処置が良かったとは思わない。だが、その男子生徒がちやほやされて、人を虐めたり傷つけたりしても、叱られずに育ってしまったことは確かだった。

イエス様は当時の虐めや偏見を厳しくお咎めになった。ある日、ファリサイ派の人々が弟子たちに、「なぜあなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事するのか」と言った。イエス様はこれを聞いて、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい」(マタイ9;11-13)と言われたのだった。また、マタイ21;32では「娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう」とまで言われている。

当時のユダヤ社会では徴税人、娼婦、らい病者、身体障害者たちはドクダミのように、社会で嫌われ、除け者にされ、蔑まれていた。彼らにも何らかのとりえがあり、少なくとも神の前では魂の可憐な花に他ならなかったのに、人々、特にファリサイ派の人々や律法の学者たちは、そういう人たちを見下し、虐げ、差別し、排斥していた。その好例がヨハネ9章34節にある。彼らはイエス様に治癒された盲人を審問したが、元盲人に言い返されて激高し、「お前は全く罪の中に生まれたのに、我々に教えようというのか」と言って、彼を追い出した。何たる蔑視のいじめ的言動だったことか。

しかしイエス様は、自分たちを正しい人間だとうぬぼれていた彼らを、むしろ偽善者であり、外側は白いが内部は汚い墓のような者たちだ、と厳しく指弾したのだった。そして、世間で嫌われている人たち、貧しい人たち、虐げられている人たちの友となり、彼らと食事を共にし、彼らの側に立って彼らを弁護し、人々が接近することすら嫌っていたらい病者に、手を触れて癒すことも厭わなかった。

イエス様はいつもそういう人たちの側にいたし、今もいてくださる。ある時は言われた。「疲れた者、重荷を負うものは、誰でもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい」と。

「わたしのもとに来なさい」とは、祈りなさいということ、「わたしの軛」とは神様からいただくそれぞれの十字架のことだ。しかし、主が傍で担ってくださるなら、その軛は負いやすくその荷は軽い。そう信じるからこそ、私は白い十字架のようなドクダミに親しみを覚えて書いた。

「ドクダミは好かれない草だからこそ、囁いてくれるのだろうか。『地上には小さな十字架がたくさんある。私たちはそのシンボル。祈って背負うか、呪って背負うか』と。」スケッチに添えた絵はがきの言葉だ。



昼顔


2005年8月19日の日記

 その時わたしは「ひるがおは遠い日のほのかな思い出のよう。花ことばは優しい愛情」と書いた。時だけでなく自然もまた変わり行くものだが、考えてみると描かれた花や思い出はもはや変わることがない。未来はまだ定まっていないが、過去はもう定まってしまっているからだ。

そんな変えようのない遠い過去を、昼顔はどう思い出させてくれるのだろうか?一昨日、そんなことを感じながら引き出しを整理していたら、一枚のプリントが出てきた。「寄稿:人生ふれあいひびきあい③:時間を売っていませんか。元寒川小校長三沢祐一」とあった。

思い出した。御所見小学校で担任だった先生が、どこかの新聞か何かに書いた一文をコピーして送ってくれたものだった。そこにSとあるのは私のことだったからだ。他者が覚えていてくれたおかげで、自分が忘れていたことを思い出すこともある。この一文はまさにそれだった。思い出にもいろいろあるが、今日はそこから思い出をたぐってみようと思う。それはこんな風に書いてある。
「『謹賀新年。先生どこかで時間を売っていませんか。』 Sの便りには時間を売っている人があったら買いたいと添え書きがしてあった。
昭和十八年、国民学校高等科の時、少年飛行兵として九州諫早で猛訓練を受け、終戦で無事生き残り帰って来たS。殺し合うことのむごさ、死に行くことの惨めさ、己を無にした戦争と言うものの極限まで追い詰められた多感な少年十五歳の胸中は、察するに余りありただ涙!

戦争から平和への転換。彼は外国語の学習にもとり組んだ。英語から手をつけ少なくとも五ヶ国語はマスターしたいと懸命に。働きながらの彼に一番必要なもの。それは時間。『時間を買いたい。時間を売っていませんか。先生!』

彼は血の出る苦労で高校を卒業し、大学では哲学を専攻し、七年間カナダへ留学し、現在T大学の教授として苦労話に花を咲かせ、多くの学生に慕われ活躍している。彼のモットーは、『隣人を愛せ』である。彼は寸暇を惜しんで西アフリカ、シエラレオネの飢えた子達の援助に奔走している。日本のお金三百円が飢えた子の十日分の食事代だと目を輝かせて。

彼は私が最初に担任し、五年間教えた子である。少年飛行兵への志願を勧め、戦争へ駆り立てたのは私である。ご時世とは言いながら苦労かけて誠に申し訳ない。
彼は世界的視野に立つよき日本人として、限りある人生を精一杯生き、生き方の手本を示している。身も心も何もかも輝く新しい年の始め、偉大なるSへ祝盃!おめでとう。」

志願は飛行兵ではなく整備兵だったとか、訓練は諫早ではなく針尾海兵団だったとかの小さな間違いや、「多くの学生に慕われ」とか「偉大なるS」などと買いかぶりの過大評価もあるが、一人の教え子のことを50年後も覚えていてくれたとは、私には真似のできないことで頭がさがる。それに照れくさくて、自分ではとても書けないことを書き残してくださったことは実にありがたい。

そんな恩師の文で遠い少年時代の自分を思いかえす。貧乏で中学に行けず、海軍から復員後は働きながら夜間中学・高校で学んだ。だから私はほんとに勉強の時間が欲しかった。教授時代、学べるのに遊びほうけている学生を見ると、もったいないと嘆いたのはそのためだった。

時間が欲しいことは今も変わらない。定年後は何をしたらいいかなどという問いは私には無縁だ。夢物語だが、できたらあと10年は手を貸す運動を続け、その後はハーレーダビッドソンに乗って南北アメリカを一人旅で縦断し、その後はイスラエルで聖書の勉強とタルムードの研究を10年間してみたいからだ。もちろん、そんなに生きられるわけがないし、知力も体力ももたないことはわかっているが、だからこそ今も時間を最大限生かしたいのでもある。

だが、そのことを思い起こさせてくれた三沢先生は昨年他界された。まだ墓参を果たしてないので、いつか墓前でお礼を言いたい。




ページトップへ
SEO [PR] Mtg@yzM ݻď@킯菤i ^T[o[