佐藤正明 絵画と心



 キリスト教シリーズ

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 心の言葉


良い方を選んだという意味

2004年7月24日の日記

 教会ではこの日のミサにルカの福音書10;38-42が読まれた。イエスがベタニア村のラザロの家に立ち寄った時の話である。姉のマルタは自分がもてなしでてんてこ舞いなのに、妹のマリアがイエスの膝元で話に聞き入っているのを見て、腹立たしげに苦情を言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください」と。常識的に見ると、マルタの言い分は当然である。ところが、イエスは答えたのだった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良いほうを選んだ。それを取り上げてはならない」と。

 キリスト教徒なら、たいていの人はこのエピソードを知っている。だが、いざイエスの答えを解釈する段になると、どうも多くが少し外れるような気がする。活動的で忙殺されるマルタと観想的で神に耳を傾けるマリアのあり方を対比させ、活動か祈りか、果たしてどちらが優れているか、というような比較をするからである。しかし、それは妥当な設問だろうか?

 違うと思う。たしかに、イエスは「マリは良いほうを選んだ」と言われた。しかし、それは信仰生活のあり方一般をさして言われたのではなかろう。なぜなら、イエスは神を愛することを最も大切な掟だと教えておられるのだから、もしイエスのそばで話を聞くことだけが唯一「必要なこと」なら、矛盾してくるからだ。それに、隣人愛、福音宣教、十字架を負うことなど、「必要なことはただ一つだけ」ではなく、他にもたくさんある。だとすれば、この箇所の正鵠を射た解釈は、それがどんな状況で語られたかを理解してこそ導き出せるのだと私は思う。

 では、それはどんな状況で語られたのかというと、ルカの福音書9章 51節がそれを物語る。そこには「イエスは、天に上げられる時期が近づくと、エルサレムに向かう決意を固められた」と記されている。そして、その前後には自分の死と復活を二度も予告されている。イエスは十字架の死に向かう旅を開始し、苦難が待ち受けるエルサレムに入る前に、そのすぐ手前のベタニア村に立ち寄られた。ラザロ家はイエスにとって最も気が休まる場所だったからであろう。それがこのエピソードの状況であった。

 してみると、「必要なことはただ一つだけ」の解釈はおのずとはっきりしてくる。食べ物や飲み物のおもてなしももちろんありがたくはあっただろうが、イエスにとって何よりのもてなしは、心の思いを分かち合ってもらえることだったに違いない。本当にはまだイエスの心が理解できていなかった弟子たちにとっては、旅で疲れた後の食べ物、飲み物、休息は何よりのもてなしであっただろう。それは想像がつく。しかし、イエスにとっては違った。その心には苦難への思いや、蒙昧な弟子たちへの憂いなどが満ちていたのではなかろうか。ふつうの人だったら食べ物も喉に通らないような状況にあった。そんな時、一番のもてなしは何であったろうか?心の思いを共にしてくれる人の存在であったと思う。イエスの足元に座って話を聞いたマリアは、まさにそのもてなしをしたのだった。それこそこの時のイエスにとって最上のもてなしだったのである。

 だから「必要なことはただ一つだけである。マリアは良いほうを選んだ」と言われた。それは食べ物や飲み物を用意していたマルタの行為を否定したわけではない。しかし、そのとき一番してほしかったもてなしは「受難前の心を分かち合ってもらえること」だった。だから、どんなに他のことが揃ってもそれがなければ、一番必要なものが欠如したもてなしになりかねなかった。逆にそれがあれば、仮に食べ物や飲み物のもてなしが、何一つなくてもよかった。だから、「必要なことはただ一つだけ」と言われた。私はそういう意味にとるべきだと思っている。その時のイエスは、もてなしについてだけ話されたのである。特定の状況で言われたことを一般論にすりかえてはいけない。


古い人から新しい人へ

2004年8月5日の日記

 5日遅れとなるけれど、第18主日のサンデー3分間。ルカの福音書12章13-21の「愚かな金持ちのたとえ」については、もう昨年8月13日のコラムに書いたので、第二朗読のコロサイ人への手紙3;1-11を取り上げよう。

 使徒パウロは「古い人を脱ぎ捨て、新しい人を身に着けるため」、捨て去るべき悪と身に着けたい善を列挙する。悪徳の例はみだらな行い、不潔な行い、情欲、悪い欲望、貪欲、偶像崇拝、怒り、憤り、悪意、そしり、口から出る恥ずべき言葉、うそ等であり、美徳は憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容、堪忍し合う心、赦し等である。彼はその動機を「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから」と言う。思うに、この美徳なら、キリスト者でなくても多くの日本人が首肯できるのではあるまいか。しかし、9節に「うそをついてはなりません」とある悪徳についてはどうだろうか?

 かつてシエラレオネで教師たちに講演をしたとき、私は彼らの長所をたくさん挙げて称賛した後、ただ2点だけは直さないと未来を託せるシエラレオネ人は育たないと、歯に衣着せぬ指摘をしたことがある。それは嘘と盗癖だった。だが、振り返れば、それは日本人にも当てはまるのではないか。少なくとも嘘についてはそう思う。日本人は嘘に対してよく言えば寛大、悪く言えばルーズであり、嘘も方便などといって嘘を大目に見るメンタリティーがある。よくお世辞も言うが、それも一種の嘘である場合が多い。なのに、それをそんなに悪いとは思っていない。政治家となると、嘘つき度はぐんと上がる。しかし、嘘に甘い社会だから、嘘の弁解や約束の嘘を厳しく問い詰めない。欧米の政治家も嘘をつくが、向こうでは嘘がばれたら間違いなく失墜する。そこが違う。

 とは言え、そういう私自身も本当は人を裁く資格などない者ではある。子供の頃、私は自分の担任の先生のことで家族にある嘘を話してしまったことがあった。そして、それをごまかすため更なる嘘を重ねた。ところが何と、2番目の姉がその先生と結婚することになってしまったのだった!当然、嘘は完全にばれ、きつく叱られた。この苦い経験は私に良い薬になった。以後、嘘はつくまいと努めて来た。だが、情けないことに、それでも時々都合の悪いことを嘘で糊塗したい誘惑は覚える。そして、人間とは弱いものだと痛感する。

 にもかかわらず、いや、だからこそと言うべきか、嘘は悪だときっぱり言明しなければならないと思うのである。なぜか?倫理学でも宗教でも、それがまともな答えだからである。アリストテレスは嘘を、いつでもどこでも悪だと言った。その理由は、真理に反するからである。聖書は嘘に対してもっと厳しい。そのいい例は使徒言行録5章にあるアナニアとサフィラ夫妻のエピソードである。二人は嘘をついて信徒共同体に出す財産をごまかした。聖ペトロが「あなたは人間を欺いたのではなく、神を欺いたのだ」と、それを詰問すると、その言葉でアナニアは絶命し、妻も後を追ったのだった。恐れを覚えさせる事件である。

 そもそも嘘は蛇がアダムとハワを騙した原罪に遡る。人間の最初の罪は嘘から始まったのだった。だから、後にイエス様は「悪魔は最初から人殺しであって、真理をよりどころとしていない。彼の内には真理がないからだ。悪魔が偽りを言うときは、その本性から言っている。自分が偽り者であり、その父だからである」(ヨハネ8;44)と断言し、「偽預言者を警戒しなさい」(マタイ7;15)と注意を喚起されたのだった。悪魔の系譜であるその偽預言者たちに対しては、旧約時代の預言者たちもすでに非難と警告を繰り返し、特に預言者エレミヤは嘘の安心を宣伝する彼らに聞くなと呼びかけ、嘘つき社会を告発したのだった。これは核抑止力による安全の嘘、遺伝子操作による人命救済の嘘、イラク戦争のためのブッシュ大統領と小泉首相の嘘など、今日の社会にも通じる警告ではなかろうか。

 嘘に対するこうした潔癖さは、日本人がキリスト教を敬遠する一因になっているのかも知れない。清濁併せ呑むような姿勢を、日本人は度量が広いと思う傾向があるからだ。キリスト教には嘘との妥協はない。とは言え、「意中留保」というものはある。言う必要のない相手に、言う必要のない真実を言う必要はなく、心の中にそれを留めて置くことがそれだ。嘘を口外することと真実を口外しないこととは違う。イエス様が大祭司やピラトの前で最小限のことしか答えられなかったのは、言わないで、思うように思わせておく一種の意中留保だった。要る品物でも押し売りからは買いたくないとき、「間に合っています」と答えるのも意中留保である。本当は必要なのだが、そのうちスーパーで買うからその時を見越して「間に合っています」と断るわけで、押し売りには全部言う必要がないからそれだけしか言わない。だが、これは嘘ではない。これを知っていれば、実生活では嘘はほとんどつかなくて済む。エープリルフールなど「約束事の嘘」も罪となる嘘ではない。

 しかし、悪意、責任逃れ、詐欺などの動機でつく、いわゆる本来の嘘はまぎれもない悪である。そして、最も許されないのが神を欺く嘘であろう。「『神を愛している』と言いながら兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません。」(1ヨハ4;20)これに対して、「その口に偽りがなく、とがめられることのない者たち」(ヨハネの黙示録13;5)こそは、「心の清い人々は、幸いである。その人たちは神を見る。」(マタイ5;8)という言葉に当てはまる人々ではないかと思う。


ベトレヘムの星

2005年1月4日の日記

 共観福音書の中で、史実を一番よく伝えているのはルカによる福音書だと言われるが、それによればヨゼフとマリア夫婦は、ベトレヘムの町に泊めてもらう宿屋がなかったので、仕方なく家畜小屋に行った。なぜ2人がベトレヘムの町に行ったのかと言えば、その頃ローマ皇帝アウグストゥスから人口調査の勅令が出されたので、人々はそれぞれ家系の出身地に戻って住民登録をしなければならなかったのだが、2人は共にベトレヘム出身のダビデの家系だったからだ。

 そんなわけで、マリアはそこでイエスを産まなければならかった。産湯にも産婆にも事欠く場所でたった一人、産気づいた妻を世話したヨセフの心配はどれほどだっただろうか。食物はどこで入手したのだろうか?夜はどんな明かりをともせたのだろうか?灯心の明かり?それとも焚き火?とにかく、不自由きわまりなかったに違いない。「赤子を布にくるんで、飼い葉桶に寝かせていた」とあるが、そのこと自体が極貧状況を物語る。ベッドも毛布もなかったので、動物の餌箱が代用品だったのだ。

 その日、付近では羊飼いたちが野宿をしていた。彼らもまた暖かい家やベッドでは寝られず、たぶん一枚の布だけをかぶって寒さをしのぎながら羊を守っていたのだと思う。満天の星の下にいたのならば、彼らもマタイの福音書が伝える不思議な星を見たのではなかろうか。しかし、見慣れない不思議な星の出現をいぶかしみながらも、占星術の学者ならぬ彼らにはその星の発するメッセージはわからなかった。だから、神は彼らには天使を使わし、救い主がお生まれになった事実と布にくるまって飼い葉桶の中に寝ていることを告げさせられたのだろう。天使たちが立ち去ると彼らは急いで出発し、言われたとおりマリアとヨセフと飼い葉桶の中に寝かされた幼子を探し当てた。ルカの福音書はそう語る。

 ところで一つの疑問がわく。私はボーイスカウト用に書いた「イエスが行く」の挿絵として、羊飼いたちが聖家族3人のいる場所へと急ぐ場面を描いた。しかし、たとえ近かったとしても、暗い夜ではその場所をそうたやすくは発見できなかっただろうに、どうして彼らは探し出せたのだろうか?私は生まれたばかりの救い主の居場所を光り輝かせることで、その疑問に答えることにした。天使が出現した時の栄光に似た光が地上にも見えれば、無学な羊飼いたちにもその意味がすぐわかったに違いないと考えたからだ。3人の博士は天の星に導かれたが、羊飼いたちは地上の光に導かれた。だから、私は本の中の挿絵に「星の光にまさる光」というキャプションをつけたのだった。

 疑問はもう一つ残る。羊飼いたちは羊たちをひき連れて、全員で聖家族のもとに赴いたのだろうか?それとも、羊を残してでかけたのだろうか?あるいは数人が羊の番をし、他の数人だけが出かけたのだろうか?福音書はそれについては何も伝えていないから、答えは想像して見つけるしかないが、消去法で考えるとまず2番目のケースはありえなかったと思う。なぜなら、羊は彼らにとって命がけで守る大切なものだからだ。今でも豹がいるユダヤ南部である。当時ならライオン、狼、ハイエナ等の肉食獣がうろついていたことだろう。一番危険な夜間に番人もつけず羊を置き去りにするようなことはしなかったと思う。もっとも「九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を探しに行かないだろうか」(マタイ18:17)という言葉からすれば、この選択も絶対にあり得なかったわけではない。しかし、常識的に考えると一番妥当なのは恐らく3番目のケースだったのではあるまいか。夜間の群れ移動は大変だし、迷う羊を出すリスクもある。だから、番をする者が羊と残り、他の者たちが救い主を拝みに行ったという仮説である。

 それにもかかわらず、私は第一のケースを選択して、聖家族のもとへと急ぐ羊飼いたちの後に何頭かの羊がついて行く様を絵にした。そのわけは、これが絵だからだ。もし羊がいなかったら、人は絵の中の人たちを羊飼いたちとは思わないだろう。それに、夜間の群れ移動は非常に難しいとしても不可能ではない。ヨハネの福音書にはこう書いてある。「羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く」(ヨハネ10:3-4)と。これは昔の羊飼いと羊とがどんなに強い信頼関係で生きていたか物語る。だとすれば、羊飼いも羊もすべてが聖家族のいた場所に移動したとしても、ありえない話ではない。私はそう思って描いた。満天の星の下、「星の光にまさる光」を目あてに急ぐ彼らを。彼らこそ救い主イエス・キリストを最初に礼拝できた者たちだった。



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