| 佐藤正明 絵画と心 |

| Profile |
![]() 余生風(ヨセフ) |
知りたい人のために少しだけ自分を語る。 私は余生風・佐藤正明。神奈川県藤沢市出身、1929年生まれ。 少年時代は自然の中で楽しく生きた。 だが、貧乏農家の3男だったから中学校には行けず、 尋常高等小学校を卒業すると少年志願兵として、 衣食住がただで給料も出る旧帝国海軍に入った。 命と引き換えだったとは考えもせずに・・ 敗戦で復員した後は5年間登記所に勤務し、 かたわら藤嶺学園夜間部で学び、中学・高校を卒業した。 その間で最も忘れがたい記憶は1948年、カトリックに改宗して洗礼を受けたこと。 マタイによる福音書13章には、 「畑に宝が隠されている。 見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、 持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う」 とある。 私もそうした。 生きる意味を確かめるため22歳で上智大学文学部哲学科に入学、1956年に卒業した。 その延長として、大学を卒業するとカナダに7年間留学。 その間レデンプトール会に入会、ケベック州のエルマー大神学校で神学を学び、 司祭となり、よく学び、よく祈り、よくスケッチし、よい友を得た。 専門は倫理神学。 それはわが人生で最も充実した年月だった。 |
帰国後は教会の司牧に従事し、日本での福音実現を夢見た。 しかし、数年後に思うところあって苦渋の選択の末、還俗した。 その後は辛酸をなめる数年が続いたが、一番惨めだったのは、3畳一間に住み、日雇い仕事で糊口をしのいだ日々。 だが、何があろうとも捨てないぞと心に決めていたのは信仰だった。 「すべてを売り払って得た宝」だったからだ。 そんな中でも結婚して家族ができた。 そして、職業では1971年から玉川学園中学部教諭として宗教・道徳教育を担当するようになり、 自分の専門を生かせる転機を得た。 1979年からは玉川大学文学部講師として玉川学園礼拝センターに転任、大学生の礼拝と道徳教育の研究講座を担当した。 1980年、私にとって一つの重要な出来事があった。 西アフリカのシエラレオネから 一時帰国したシスター根岸美智子さんと出会い、 同国の子どもたちの教育援助を始めたことだ。 1982年にその国際援助活動は「手を貸す運動」という名称にした。 1986年、玉川大学文学部教授。だが、その後の大学ではほとんど特記するほどのことはなかった。 ただし、著作はこの時期が最も多かった。 また、社会では1963年以来約30年間ボーイスカウトに指導者として奉仕し、 教会では難民や出稼ぎ外国人のため1989年に日本語教授法教室を開設、5年間日本語教師を養成した。 これには困窮時に勤めたベルリッツスクールでの経験や知識が役に立った。 1995年に玉川大学を定年退職。そして今は、「若き日の夢はどうなったか?」と思い巡らす。 手を貸す運動は全国代表として現在も続けている。 しかし、これはライフワークではない。早く不必要になってくれればいいと願う仕事だ。 私のライフワークは神の愛に賭けて生き切ること。 その他には、社会福祉法人「地の星」の理事、丸山陶李後援会「陶李会」会長をしている。 絵は趣味。小学校で習っただけの自己流だが、自分が楽しみ人を楽しませるために描いている。 |
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| 著書 | よりよい道徳教育を求めて | 玉川大学教育学科 |
| 共著 | 玉川学園中等部全人教育の実践 | 玉川大学出版部 |
| 訳書 | 現代文明はどこへ行くか-魔術師の弟子たち- | 玉川大学出版部 |
| 著書 | 善い生き方の教育 | 玉川大学出版部 |
| 共著 | 道徳教育の研究 | 玉川大学出版部 |
| 著書 | 旧約聖書を生きる | 柏樹社 |
| 著書 | イエスが行く(T・U・V) | 燦葉出版社 |
| 著書 | この笑顔を消さないで-わたしのシエラ・レオネ- | 燦葉出版社 |
| テレビ出演 |
| 隣人って誰ですか? |
| 2003年3月11日にテレビ番組「心のともしび」にゲスト出演いたしました。 |
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